鶏口牛後

"寧ろ鶏口と為るも牛後と為る勿かれ"
たとえ小さな鶏の口になっても、大きな牛の尻になってはならない。
秦帝国が成立する以前、中国は有力な七つの国に分裂していた。
思想家・蘇秦は韓の国に赴いた。秦の軍事力が隣国の韓を圧迫し、韓は秦に下るか対抗するかを決めかねていたからである。蘇秦は王にこう説いた。
大きな「牛」の尻に付き従うようなことはせず、「鶏」のように小さくても、その口(主導者)になる方がよいと。
大きな牛とは秦のことである。
長いものに巻かれるのではなく、自主独立の気概を抱く。そうした人々に大きな勇気を与える言葉である。
除虫菊の栽培から渦巻き型の蚊取り線香を発明した上山英一郎は、シンボルマークに鶏を採用し「金鳥」を商標登録した。
「鶏口牛後」を信条としたからであるという。