矢郷良明 LIFE philosophy @deracine5to1

思考と哲学の旅日記

武道永遠の指針

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武道永遠の指針

スポーツは勝敗を求めること。
武道は解決すること。

 

スポーツは勝敗の二元論であり、武道は最短の解決をする多元論である。
絶えず俯瞰し、客観し、我の感情に左右されることなく、総意の器としていきること。

 

そして、人の褌で相撲を取る。
こういう人種が1番最低だと知って欲しい。
人の看板で、ブランドで生きる方々のこと。
うちの道場の生徒さんにこんな生徒さんいないが、世の中にはこんな馬鹿がごまんといる。

 

みんなよく覚えておいて欲しい。

自分の評価というものは他人がするもの。
君がするものじゃない。
自己評価の高い者は社会からの評価との差に悩み、自己を破滅させる。

自分の価値は振り返らず、相対的ではなく、絶対的なものとして自分で創り上げよう。

 

 

ジムや道場に入門したからって自分が強くなったわけではない。
大会社に入っても、大組織に入っても、議員になっても、ましてその議員の秘書になっても、君が偉くなったわけではない。
看板の陰に隠れて吠えてるだけである。
看板に頼らず自身を鍛えあげろ。

入門して何年も厳しい稽古と試合経験しなければ本当に強くはならない。
死ぬまで稽古を継続できることが目標である。

 

 

有名人と知り合いになったからって、自分が有名人になったわけではない。
親が名士だったり金持ちでも、君は金持ちでもないし、親以下の才能しかない。

いつまでも親に頼らない。
中学生になったら親離れすべし。

 

親も子供が中学生になったら子離れしなさい。

 

成人しても親の世話になってる時点でもう人生の可能性はない。

 

自分が昇り調子の時に集まってくるのは友ではなく、困ってる時、苦労してる時にふらっとあらわれて助けてくれる人こそ親友である。  

 

 

他人の噂話しで、その人間の評価をしないこと。
あったこともない人間を評価しないこと。
認識なくして評価せざるべきなり。

 

 

道場の看板に頼らず、より道場の名を知らしめてこそ一人前で、その力がないものは最低限の体格を維持して、黙って強い後輩のミット持ちするくらいでこそ、後輩から尊敬されるようになる。

後輩に技術も体力も追い抜かれたら、負けないように努力するか、潔くバックアップしするか、立ち去るかのどれかを選ぶといい。

 

 

先輩や仲間が名を貶められるような陰口叩かれていたら、言ってる人間捕まえてブチのめすくらいしなさい。
見過ごすクソにはならないこと。相手が誰であろうと。

 

 

不義理者と筋の通らない者達とは時間の無駄だから一切付き合わなくてよい。
不義理の者は筋を通すという考え方を知らず、コツコツと築いた人の信頼信用を悪気なく、無意識に壊してしまう。

悪気なく無意識に迷惑をかけるのは重罪である。

 

 

誤解をして自分から離れていく人間を気にしないこと。
誤解するということは、認識力・知識力・教育レベルが低く、社会貢献性というものもまったく意識していない。

誤解する時点で理解力がないのだから、何を言っても解らないので、ほっておけばよい。

その手の人々は、多数決で人生を決めるような輩。

必ず金と暴力に屈服するので、放置してかまわない。

 

道家はいつまでも、弱きを助け強きを挫く者であって欲しい。

 

人はあらゆる環境の循環システムの中の1つで、そのシステムが世の中を構築している。
その1つが欠けては環境循環が成り立たない。
だから誰もがこの世に必要で、不可欠である。
不可欠だからこそ、自身を練磨して高めなければならない。

 

自身を高めないのは反知性主義である。
驕らず、卑下せず、自尊心を持って、因、縁、果の縁を大切にすること。


そして、他者を益す、自利利他、依正不二の精神で人生を全うすること。

毎日、帯を締めなおして襟を正そう。