一廉の人

あらゆることで人より抜きん出るために必要なのは、"喧嘩強さ"と"潔さ"と"持続性"と"客観性"じゃないかと思います。
一廉の方々に出会うと必ずこの4つを兼ね備えておられます。
喧嘩強さは「絶対負けない、必ず勝つ」気持ちが凡人の及びもつかない高さと強さから産まれています。
潔さは、執着心の無さとも言え、事を成し遂げようとする時に生への執着をいとも簡単に捨てられたりします。
持続性は、同じことを永続的に続けることができることで、あらゆることに完成はなく絶えず進化していることを知っているので「続けることが目標」にされておらます。
客観性は自分がどれくらい人や世の為に役立っているか?存在価値があるか?を絶えず考えながら正しい理解することで、必ず持っておられる能力です。
それでまた一廉の人って、ガツガツしてない方々ばっかりです。
ガッいてる人ってコンプレックスの裏返しで、能力の低さの自覚からの発想なんでしょうが、能力を高めるには人知れずコツコツと努力するもので、努力を見せようとした時点で、それは努力する気がなく、ただの自己アピール・かまってちゃん だということ晒してます。
信用を得ようとして信用を無くすパターンです。
ビジネス視点で考えても誰も取り引きしないですね。
そしていつも俯瞰視点であり、排他的でなく、徒党を組まず、目の前のことよりずっと先のことを考え、バランス感覚が優れてます。
世の中にある価値観を疑い、評判より自身の眼力とリテラシーで判断しておられます。
そしてなにより、頭脳・心と同じくらいスポーツしたりトレーニングしたりして、心とカラダのバランスをとっておられます。
継続してトレーニングしてる方って仕事も一流の方ばかりです。
音楽や芸術の世界もフィジカルトレーニングしない人は文化性が乏しくなるので、よいものを作る方少なく、何十年も下手くそなもの作ってます。
音楽や芸術は主観たがらと逃げれ、現代芸術はコミュニケーションだからと美から逃げますが、それが反知性主義の発想で証明です。
運動してない方は反知性主義な方多いです。
そして一廉の人は善悪の判断に嫌悪感を持っています。
凡夫に善悪などわかるわけなく、人様に聞かれたら「私は世の言う悪人でして、日々地獄の泥濘をとぼとぼと歩んでます」と言うのでないか?と思います。
本当、人生はしょうもないものです。
だいたいこの世で、正義をふりかざす奴は頭がおかしい奴ばっかりです。
一種の現実逃避なんでしょう。
そんな厭離穢土に棲む私達は友人に支えられ生きています。
人は様々な事情と触れざるべきことあり、それを慮り、そこに下品に立ち入ることさえしなければ、同じように優しい友人が一人、二人とどんどん増えていきます。
そして一廉の人は絶えずそうありたいと死ぬまで努力し続けてます。
そして一廉の人は、一廉の人と呼ばれたいとはまったく思ってません。