矢郷良明 LIFE philosophy @deracine5to1

思考と哲学の旅日記

ダイアモンドとジルコニア

空手教室の黒帯、葵のパパのお友達がロカビリーのLIVEをするといわれるので立山町民会館とやらに観戦にいってきた。

葵のパパのお友達のバンドは懐かしい、オールディーズのハコバンが居る飲み屋チェーン、KENTOSのリメイクのようなバンドで、会場は幅広い年齢層だったので、年配の方々も踊って盛り上がっていました。
葵のパパのお友達はギターボーカルで、グレッチのエディコクランモデルを弾いておられ、上手でした。
バンド自体もプロフェショナルで、リズム隊もガッチリ安定して、他の出演バンドさんとは次元の違いを見せつけてました。

あと、よかったバンドはHot Fat’sって女性がウッドベース弾いて唄ってて、ギターがほとんどバンジョーを弾いてバンドがキャラも立っていて良かったです。
このバンドさんのゲストに日本ロカビリーギタリストのトップ、山口憲一さんが登場され、ピンストのグレッチ ダブルアニバーサリーでギャロッピング奏法を中心にして弾きまくり、これまた次元の違いを発揮されておりました。


ここ数ヶ月、あらゆることで、プロフェショナルとアマチュアの差というものを感じたり、意識させられたりすること柄が多く、今日もまたそれについて考えさせられました。

プロとアマチュアの差は、お金が発生するかしないかのレベルの話ではなく、本質的な差の問題です。

プロフェッショナルとアマチュアの差は、ダイアモンドとジルコニアくらい違います。
本物とニセモノということです。

まず、カリスマ性は後天的努力では備わりません。
生まれつきのものです。

バンドで例えれば、ボーカリストは資質がないとハッキリ、向き不向きが現れてしまいます。

“持って生まれた資質が努力して、本物になる”それがプロフェッショナルの次元だと思います。

こう書くと身も蓋もないですが、本質的にはプロフェッショナルとアマチュアの差は、努力の時間経験値の差ではなく、持って生まれた資質の差だということです。

しかし、現代は、贋作・フェイクを楽しむニッチな文化も存在しており、それで生活している表現者層もたくさん居ますので、資質がない人も諦めなくても大丈夫です。
ジルコニアも金を出さないと買えないのですし、究極、ニセモノでも、「本物だ。」と言い張ればよいのです。
サギですが、それを見破るリテラシーがある層は少ないので、それで商売してる輩は山ほどいます。

日本人は字が読めない文盲率は低いですが、物事の真偽を観る力はほとんどないです。
本を読んでも、字を読んでるだけで、内容は読んでないのです。


今日、ロカビリーのイベントにいって驚いたのは、数年来行方不明になってた元・中古車屋の亀ちゃんというオヤジさんがイベントスタッフとして働いていたこと。
大きな借金を作って居なくなったので、てっきり誰かにモーターボートで沖まで連れてかれ、海に突き落とされでもしたのだと思ってました(笑)
元気そうでよかった。
自己破産して免責でもおりたのかな?