ジミ・ヘンドリクスの燃やされるギターとポピュリズム
ジミ・ヘンドリクスは素晴らしいギタリストで、誰にも手の届かない所にいる。
だからこそたくさんのフォロワーを産み、今だにその音源は売れ続ける。
しかし、一般大衆にはジミ・ヘンドリクスのギターの素晴らしさより、ギターを壊したとか、ステージで燃やした人の方が認識されてるんだろう。
ギターを壊すとか、燃やすとかのことはパブリッシングになって、ジミ・ヘンドリクスの素晴らしさに触れるきっかけにはなる。
いま表現者や情報発信者は、ジミヘンのギターを壊す燃やすのようなパブリッシングに大きな意識を持ち過ぎて、肝心の中身が弱いという現象になっている。
パブリッシングは必要である。
それはそれに相応しい中身があってこそである。
「売らんかな」のさもしい思考だけで、コトを起こすのはもうやめたほうがいい。
それがポピュリズムである。
エジプトで民衆の革命みたいなコトが起こり,リビアでも似たようなコトが起こっている。
民衆の声が政治に届くようになるのはいいことだろう。
しかし、民衆が政権を転覆させても、誰が次に民衆をまとめ政治をやるのか?
ネットやFacebookで繋がるのはいいが、大衆にその責任をとれるような知恵者やリーダーがいるとは思えない。
本当の知恵者ならそんな方法で政治を動かそうとは思わない。
ネットやFacebookで動いて出来るのはウイキリークスかテロくらいである。
このままなら、東ドイツの二の舞だろう。
彼らは責任の擦り合いを始めるだろう。
日本の与党、民主党も似たようなものである。
民主党も駄目だが、それに投票して政権交代させた国民が1番だめである。
投票して今度は批判してる
輩は、ネズミ講の被害者の会みたいなものである。
リビアはガダフィがいて、公安が巨大な権力を持っている。
リビアは予防的逮捕も合法である。
国民か、エジプトみたいにネットやFacebookを使うといっても、だいたいパソコンや携帯端末の普及率がかなり低いはず。
無思慮な革命ブームに乗ったら、無益な血は流され続けるだろう。
ポピュリズムは国民をダメにする。
売らんかなの精神だけで、ビジネスを動かすのも国をダメにする。
大人が若い人々のニート化やひきこもりを批判するが、若い人々をそうさせたのは、携帯端末やネット開発で金を稼いだ、批判してる当事者の大人であり、貧困なる精神は永遠に輪廻し続けるのである。
プロレスの話をしよう。
プロレスもパブリッシングも必要であるし、中身も必要である。
しかしその趣向は変わって行き、やる側も見る側も「どうすればいいかわからない」状態である。
しかし、いま自分の中には自分なりのビジョンが見えてきている。
今度のユニオンプロレスのスーザン親衛隊ではそれが表現出来るかもしれない。
自分はスーザン親衛隊に賭けている。
真霜や円華が居てくれるからこそである。
これからのユニオンプロレスそして、スーザン親衛隊に期待してほしい。
ジミ・ヘンドリクスはギターを壊すのや燃やすことを期待されていることに腹立たしい思いだったろう。
ジミ・ヘンドリクスの中ではそういったパフォーマンスは演奏の一部であり、パブリッシングのつもりではなかった。
