矢郷良明 LIFE philosophy @deracine5to1

思考と哲学の旅日記

ソクラテスおでんくん

◆最近日増しに欲しいモノもなくなり、食べたいモノもなくなってきて、「あ〜生命力が落ちてきたのだなぁ」と実感している。
元々、人生にやる気がない生涯を送っているのであるが、死ぬわけにもいかないし、「生きるならベストを尽くすのが人間として産まれた者の使命だ」とも思うので、仕方なく一生懸命生きてるのだ。
◆金、酒、食、女、名誉、物質などへの欲求が強い人は単純に生命力が強いと思う。
その存在が世の中のプラスになってるかどうかは別だが、とりあえず彼等は人の高尚の必要性に感ずかなければ、それなりに幸福であると思う。

おでんくんの話しの中で、ニセおでん君が釣をしながら、ガングロたまごちゃんに「自由って自分で思ってるだけで、本当はそうじゃないよ。この川の魚だって自由だと思って泳いでるだろうが、できることといえば水辺を跳びはねるくらいで、この川から出ることは一生ないのさ。」
と言ったようなことを話すシーンがある。
これはソクラテスの「無知の知」−「知らないことを知っている」や、ゲーテファウスト博士の最初の独白に通じる話しだと思う。
人として謙虚であり高貴であろうとする者は、我が身を知って、高みを得ようとするだろう。
でもニセおでんくんの釣っていた魚はそれを知ることもないし、知ったところでなにも出来ない。
ちなみに仏教では、魚は食べられることによって成仏するらしい。
それが生命の宿命とか業(ごう)ってモノだという

◆人にはどうしようもないことってたくさんあり、馬鹿は余程じゃないかぎり治らないと思う。
そして馬鹿は連鎖して伝染する
馬鹿な飼い主の犬は馬鹿で
馬鹿な社長の会社の社員は馬鹿で

馬鹿な親の子供も間違いなく馬鹿になる。

だから金、酒、女、食、名誉、物質に最大の価値観を持つ馬鹿とは付き合いはしないようにしている。
自然にその手の連中とは疎遠にはなってきたが。
こんな連中と付き合いしなければならないなら、鬱病になるほうかまだマシだと思う(笑)
一日、書店にいって「これやっぱりいらない」と思ったり、おでんくん観て考えたり、私も幼稚なのか賢いのか微妙である