déraciné

思考と哲学の旅日記

Communication

 

 

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先日、高岡市GOOD FELLOWSさんでビリー諸川さん、ロカ&メンフィスキッズのLIVEを堪能してきた。

素晴らしいLIVEでした。

 

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わたくしも音楽活動が活発化してきて、いろんなスタイルのバンドさんとLIVEご一緒する機会増えまして、自他のLIVE考察する機会が多々あります。

音楽は芸術と同じでCommunicationです。

それを毎回実感しております。

自分が産み出した価値観を作品として提示して、コミュニケーションして新たな価値を創造していくのが芸術だと思いますが、バンドさんによってはまったくそういった部分がない方々もおられます。 

(コミュニケーションって曲間にMCをたくさんすることじゃないよ/笑)

 

お客さんにチケットを買ってもらえず、自腹でも呼べず、オーディエンスと演奏でコミュニケーションせず、ただ自己満足に演奏して、自分達の演奏が終わったらさっさと帰る。

ゴルフの打ちっ放しみたいな感じ。

なんの生産性もないし、音楽をしながらまったくクリエイトとは関係ないですな。

そんなバンドはLIVEをやる意味があるのかさっぱりわかりません。

 

それに、そのようなバンドやピンの方々には”お客さんより演奏してる自分の方が偉い”と思ってる節があります。

クリエイトしている部分が大きい、オリジナル曲を演るバンドにその傾向は強いですが、よくないです。

コピーバンドがそんな考え方したらもってのほかです。

ステージとオーディエンスは地続きです。

それがわからないからオーディエンスとのコミュニケーションエラーの元凶になってます。

その手の方はオーディエンスとのコミュニケーションしないくらいだから他のバンドさんともコミュニケーションしないです。

そして孤立していく。

 

コミュニケーションの発想がないから演奏も自己満足で、上手い下手以前に他人様にまったく届いていません。

まったく乗れない演奏しくさります。 

本人も乗れてないし、乗ることってどういうことかすらわからないんだと思います。だからショボい演奏しかできません。それは誰も観に来ないでしょうし、本人がそれを無意識に自覚し、自分のやってることに自信がないので、気が引けてチケットを売ることもできません。

それをよいプレイしよう、価値を創造しよう!って意識改革できなかったら、もう音楽活動から足洗って、客席に居たらいいじゃないかな。

 

コミュニケーションしないバンドさんやピンの方の中には自分達のLIVEでないとき、他人様のLIVEみて、どんなによいLIVEしていても、たとえプロであっても、腕組みでもして「あれはダメだ」とか「ミスったよね」とか能書き垂れております。

オマエがダメだっつうの(笑)

よいミュージシャンは大抵人様のLIVEに行ったら踊ったり騒いだり、または聴き入ったりして、バンドやプレイヤーさんの表現に感応してます。

その姿に好感と共感した人が、その人の音楽に興味を持ち出し、和が広がっていきます。

 

よい芸術家はあらゆる芸術から価値と情報と感情を見出し感応し、自身の芸術にフィードバックし、さらなるクリエイトの高みを目指します。

 

スポーツ選手も武道もまったく同じです。

プロレスも同じです。

 

コミュニケーションは万物を生み出す行為です。平和とか幸福とか。

それを否定するような断絶や差別は絶対悪です。

政治が差別や断絶を率先することは旧時代的であり、必ず紛争、戦争が起きます。

 

驕らず謙虚になり、性差なく、年齢関係なく、異なる思想、宗教、人種、すべてを超えて、誰とでも話しができて、価値観を持ち寄り昇華させていくことができるように肝要だと思います。

 

地方の小さなLIVEハウスでプレイしていても、最低これくらいの気概を持ちたいと私は思っています。