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déraciné

思考と哲学の旅日記

性悪説

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仕事の合間に7.17にライブMOJITO A GOGO vol8の打ち合わせにROUTE46に行ったついでに新しく出来た富山市シネコンの入ったビルを見てきたが、昔から総曲輪通りの41号線を渡った反対側は暗い雰囲気で、あんまりその雰囲気は変わってなかった。なぜだろう。

 

ライブMOJITOの打ち合わせで偶然、友井賢太郎さんとお逢いした。

気さくな方で、音楽や音響のお話しをさせていただいた。

またなんらかのご縁があるかも。

 

友井賢太郎さんも話しておられたが、とにかく音響って大変お金がかかり、金額相場も闇中で、実務として耳のセンスも必要で、それが地方だと判る方とわからない方の差が歴然とあり、いろんな意味で音楽に関わるのは大変である。

ビジネス頭だけで割り切って行く経営者さんと音楽の仕事をするのはストレスになるし、またビジネスセンスがわからない夢想的な音楽頭の方と仕事するのもストレスである。理想と現実のバランスが必要なんだけど、どの世界も似たようなもので”小異を捨てて大同につく”ことが今世立派な大人の条件の一つである。

大勢を救うには少数を犠牲にする現実があり、突き詰めたら世に善というものはなく、また悪もなく、ただ生の状態と現象があるだけである。それを罪悪感からとりつくろって、善人ぶったり、正義ぶるから、自身にも他人にもストレスを与え、歪んだ人と世になる。

諦めて「人間は悪で、それ以上でもそれ以下でもない」と思えば気も楽で、世が滅ぶことも当たり前と割り切れないかな。

そんなことに葛藤していたクワトロ大尉の気持ち察するが。

ジークジオン。

 

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そんな悪党のはしくれも人様に空手を教えてるが、道場って大乗仏教だなと思う。ジムは小乗仏教だわ。

道場は大乗仏教だから、そこに居る人間は皆未熟なれど、もれなく幸福になれる権利がある。生徒も選手も指導員も師範代も師範も。

少なくとも師範以外は、幸福への完成の道半ばであり、お互いに見守らなければならないし、お互いに過ちも是正し、助け合わなければならない。

しかし、師範と師範代以外は、生徒さんの評価より、認識をしてあげ、よいところだけ評価してあげてほしい。

それ以上のことは師範と師範代の仕事である。

今一度、指導員、黒帯は、わきまえて節度ある態度で、率先して手本になるような先輩となることを目指し、汗をかきに道場にお越しいただきたいと切に願う。

 人はカラダを動かさなくなると誰でも精神的に正常な判断できなくなるものである。出来るだけ動いて汗をかいた方がよいです。

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とにかく道場生さん、指導員さん、師範代には、”人からよく見られたい”、”カッコつけたい”という気持ちをなくし、謙虚に宛て無き完成を目指してもらいたいと思います。

 

私は道場の先生だったり、音楽だったり、プロレスだったり、ラジオだったり、人前に出る仕事をしてますが、人前に出る人間は”人からよく見られたい” ”カッコつけたい”と思ってると必ず潰れます。人からどう評価されるかより、人前に出ることは尚更、コミュニケーションですから、人の中に入らなければなりませんので、カッコつけてるような馬鹿は通用しないのです。

これは人前に出る仕事する人以外も同じだと思います。

 

と、面倒くさいこと多々ありますが、一緒に頑張りましょう。 

人生はロクなことがなくて当たり前でございます。

良いことがあるのは稀で、あってもすぐに新たな問題が産まれ、結局ゼロです。

人間万事塞翁が馬は永遠に続く。

 

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