déraciné

思考と哲学の旅日記

死ぬこととみつけたり

ちょっと難しい話しなんだけど、武道の世界は潜在的に世の中の常識と違い、「死ぬ方が悪い」
という、武士道的の思想を師から相承されていきます。
これは侍の時代、相手を殺傷することを前提とした闘いをするわけですから、我が身も殺傷を受けるのが当たり前で、それに対して覚悟と殺傷に対する征圧する技量と胆力、そして執着を離れる潔よさを、保てるように日々の鍛錬が重要となります。
真剣勝負の場は鍛錬を怠った「負ける方、死ぬ方が悪い」のです。
これが武士道の死生観の一つです。
こういったことを「心”構え”」と武道はいいますが、これは現代の武道空手に携わり、一定の経験と年齢が来たら自然に悟ることですし、師から相承されていくことです。これは身をさらしてる当事者にしか実感が判らないことであります。
子供さんでも厳しい稽古、激しい組手、大会経験の蓄積で、この死生観を身に着けています。

身についてない者はだいたい、稽古中・試合中に必ず「顔にパンチが当たった」、「金的を蹴られた」とアピールしてます。体力がなくなったり試合が押されたり、気持ちが折れた選手はこのアピールを必ずします。

これは稽古を含めた準備と心構えからできておらず無作法で見苦しいです。
金的を蹴られるのは心構え以上に、基本技術の構えすら疎かにしているからです。
事故的に当たることはありますが、それは本人がアピールすることではないです。
実戦空手試合なら審判が止めない限りはアピールしようが試合はストップしません。

武道はスポーツの世界ではないのでルールはないのです。
武道家は例えルールがある試合に出たとしても、ルールは守りながらルールはないものだと踏まえて挑み、心構えをしっかりしてもらいたいです。

実戦空手ルールだと顔面パンチは反則ですが、顔面へのハイキックは有効です。顔面へのハイキックが有効なのに顔面パンチが当たったと騒ぐのは、選手として可笑しいでしょ(笑)

うちの竜二師範代は小学校低学年でバット折りの模範披露して、子供の時にもはやキックボクシングの大会で大人と試合してるんですよ。
杏奈師範代も子供の頃から年間相当な試合数をして、成人になってもサラッと試合に出て全国大会チャンピオンを追い込むんですよ。
彼らは本当に厳しい稽古を耐え、継続してきました。だからいまの子供達とは心構えが違うんですよ。

◆それにまず、闘ってるのだから大前提として「やられたらやり返す」気概が最も重要です。
それくらいの気持ちを持てば、自身が逃げる気持ちもなくなり、自然に闘いはルール内で収まっていきますよ。


こういったことは次元が高い話しで、やってる当事者にしか判らない感覚です。
他にもやってる当事者が汗を流して知ったこと、身に着けたことはたくさんあります。
ですから、親御さんは暖かく黙って見守ってあげてください。
怪我や事故にならないように私が最善を尽くします。
そして選手達が稽古すればする程アクシデントから遠ざかりますよ。

小さな頃から稽古をして試合にも出ていたら、小学校高学年以上になれば一端の武道家ですよ。
人格も頭脳もリスキーな経験値から発達してますし。
とにかく親御さんは信頼してあげてくださいませ。
そして私にお任せくださいませ。
大丈夫です。