@déraciné5to1

思考と哲学の旅日記

将たる器

◆いまヴィトケンシュタイン、潜入ルポヤクザの修羅場、ラジオのこころを読書中。

ヴィトケンシュタインは再読、潜入ルポ・ヤクザの修羅場はヤクザが好きなのではなく、また別にこの本だけではないが、ヤクザは出自(在日コリアンだったり、被部落差別出身者だったり)や境遇(家庭環境など)が似たものが偶然、集合していき、どういった行動をして、どう生業を成立させているか?という動物学とか生態学的な観点から読んでいる。

在日コリアン・被部落差別出身者の方々は全国的に、中古車業者さん、飲食、パチンコ、食肉関係、靴カバン関係、IT関係、芸能関係、ボクシング、空手、格闘技などの道場・ジム経営、土建、医療、金融など幅広い業種におられますが、その特殊な出自が作り出すコミュニティと、その思想生態がオーバーグラウンドにでることが少なく、それを学ぶには、ヤクザ関係本が手っ取り早くなります。

そういったマイノリティ(私の周囲では逆にマジョリティでもあるような気もしますが)のアイデンティティの持ち方を学ぶことは、私達が平等や寛容なる社会形成を思考する上で、大変重要だと思います。

特に在日コリアン・被部落差別出身者の方々に商業右翼ではなく、本当に日本愛国者、右翼思想の方がおられるのは、大変興味深く、その方々の人間形成と複雑な心理を、私達が学ぶことは深い意味があると思います。


◆ラジオのこころは故 小沢昭一さんの本であり、小沢昭一さんはラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」のパーソナリティを務められ、その放送は一万回をこえた。
そして、2012年にお亡くなりになられた。

私がFMいみずで担当している一時間番組の矢郷良明矢郷良明的こころのタイトルは、小沢昭一さんのラジオ番組をリスペクトしてつけられたものです。

私が六歳の頃から小沢昭一的こころは放送されており、父親の運転するクルマでよく聴いた覚えもあり、小学五年生からBCLにハマった時には自発的にキー局のTBSラジオまでエアチェックして聴いておりました。


◆今年に入ってかなりのペースで本を読破しているが、それによって気付いたことは、速く読む、数を読むことは、食事を腹が膨れればなんでもよいと、ジャンクに済ませてるのと似ているということ。

30分あれば一冊の内容は把握できるが、行間を読むなど、情緒的なことは再読しないと無理で、身読となると、かなりの時間が必要になる。

食事は素材のよいものを、少しだけ食べるのが美味しく食べることだが、読書も似たような感があることを、しみじみ感じている。

それは、数を読むことを習慣化させたからこそ知ったことなので、やったことは有意義であった。


◆空手教室は最近、竜二君と杏奈さん、荒川さん、田中さんに任せてみています。

指導者の後継の人材の育成という部分もありますが、組織というのは、いろんな人間の智慧が集まり、共同作業し、融合して、大勢の人間を感化し、感化された人達がまた、新たに組織を代謝し続け、より大きく、優れた、「叡智の和」を生み出し続けるものです。
その叡智の和は、人を助け、人を育成し、経済を動かします。

ビジネスの世界では似たような言語では、生産性と言われますが、もう少し、宗教的な価値観です。

将たる器とは、文化、経済、政治、宗教のあらゆる要素を持ち合わせ、価値を作り、産み出す者のことなんでしょうね。

大乗仏教的なものの考え方をする者というますか。


◆私には将たる器はありませんが、大乗仏教的なものの考え方や、一人の人間が産み出す力より、大勢の人間が一つのことに取り掛かり、産み出す力こそが、必要であり、善であるという、思想は持っています。

なかなか感性に頼るような境涯にはなれません。


◆感性に頼れる人間とは、知識と経験を豊富に積み、それを智慧化できてる人が、感性に頼れるのですが、それを知らず、学ばずに、無根拠な自信で感性に頼る人々も世の中にはいるわけです。

また、そんな人が「将である」と勘違いしてる場合も多々あるのです。

中小企業の社長さんとか。
小さい組織の自称リーダーとか。
道場の先生様とか。
学校の先生様とか。

放置しておけば、自壊するのですが、身近にそんな方が居れば、社会正義や善の観点から、智慧ある者は抱擁し、導いてあげなければなりません。

導く人間も経験値を得て、より智慧ある者へと成長します。

社会というのはそうやって形成されています。

と、社会とは面倒くさいものなのであります。



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