déraciné

思考と哲学の旅日記

DDT高岡エクール大会でした。

思ったよりお客さんが入って良かったです。
でも、もう土曜日には興行をうたないでください。

DDTを観たかった人が結構おられて、土曜日で諦めた方が多かったのです。

それもこれも高木バカ社長の無思慮な会社運営のおかげであります。


当日、高木バカ社長は、私のブログに“DDTは卒業しました”というの観てすっかり動揺してました。

アホです。

で、会場に行ったら、高木三四郎・X組vsヤスウラノ・アントーニオ本多のカードがあり、その他参戦選手で“矢郷良明”となっており、高木三四郎は「矢郷さんはDDTを卒業することになりました。思い出に、最初で最後にタッグを組みたいです」とのたまってました。

だいたいタッグは何度も組んでるし、KODのタッグにも二人で挑戦しているし、おまけに、DDTから私を卒業させたのは高木本人で、入江も証人として「高木さんが矢郷さんをDDTから卒業させたんですよ!」と証言し、すっかり高木三四郎は動揺してました。

で、ユニオンに行って、スーザン親衛隊を作ったら、何故かカスラチョーラスメンタルヘルスに名前を変えることになり、やってみたら、またすぐなくなりました。

で、私のことはスッカリ忘れていたようです。

これは会社の意向とか、私の都合でも、どなたかの圧力でもなく、ただ単に、高木三四郎が日々日頃、思いつきで行動しており、昨日あったことはスッカリ忘れているという、若年性躁鬱認知症になっているところから起こっている、混乱状態なのです。

私はあまりのいい加減さに頭にきたので、「もうお前らは富山で興行するな!」と”富山からの追放”を言い渡すと、試合で私がフォール勝ちしたら、“DDTは富山に出入り禁止”を飲むということになり、試合が始まりましたが、私がフォール勝ちしてしまい、DDTプロレスは金輪際、富山で大会を開くことができなくなりました。
ユニオンプロレスとか、ハードヒットとか、名前を変えて来ても禁止です。

そしたら、ヤスウラノ選手が“DDTはまだまだ富山の皆さんの前で、試合がしたいです”と赦しを請い、「いまこんなチームがあるから入ってください!それでDDTプロレスの富山大会を次回もさせてください!」とnWoのTシャツを差し出してきました。

プロレス界きっての、無類のnWo好きの私である。

nWoジャパンがDDTで再結成され、それに加入できるとは願ってもないこと。

私はその交換条件を呑み、富山でのDDTプロレスの興行を今後も許可し、私はnWoジャパンのメンバーとして、次回のDDTプロレス富山大会で活躍することをお客さんに誓い、丸く収まったのであった。

めでたしめでたし。

写真は松井レフリーが撮影した、和製スコット・ホールnWoジャパンのニューメンバー、矢郷良明

いがいとイケメン。あ〜めの〜たぢからお〜♩