@déraciné5to1

思考と哲学の旅日記

テコンドー大会雑感

◆日曜日は富山武道館で富山県テコンドー大会を観戦。
東京から朴理事長師範がきておられた。
いまから10数年前に府中のビルさくらサンリバーの五階の道場に出稽古に行った時、お会いしたことがあり、そのことをお話すると驚いておられた。
◆タイガーピットにきておられる丹田選手やヤノペティ選手も試合に出場しておられ、矢郷道場の子供達も応援にきていたし、中年愚連隊の「体力は無いがセンスはいい」トミタさんや練習熱心な薬師さんなども観戦にきておられた。
大会はトゥル(型)マッソギ(組手)スペシャルテクニックと種目があり、富山テコンドーの選手は前回よりも技術的に上達しておられたが、関東からの選手は、やはり強く残念ながら優勝は出来なかった。
◆昨年も観戦しており、今年はなんとなくポイントの取り片が把握できたのと、テコンドーさんの持つ思想による方向性にも気付いたので、僭越ながら自分的に試合に勝つにはを考えた。
◆まず、ライトコンタクトというより、寸止め空手さんみたいな《倒すより、技を決める》ことに意識を持って行き、カウンター主体のスピードとコンビネーションを重視したほうがよいと思ったのと、先を取るにもカウンターから入るにしても、足技から入る方がよいと思った。
ルールは顔面パンチありだが、倒すパンチは反則なので、足技のついでにパンチを打つと考えた方がよいと思う。
丹田選手やヤノペティ選手や富山の山本選手、長徳選手は「叩くのも叩かれるのにも」顔面パンチを意識しすぎていて、手足の攻撃バランスが悪かった。
空手から顔面パンチアリのルールに変わってくる人や、組技系選手が打撃を取り入れだすと同じように顔面パンチを意識しすぎて、似たようなことになるのを思い出す。
その元凶は顔面パンチへの恐怖からの苦手意識なので、それを払拭できたらもう一つ上のレベルに行けると思う。

◆このルールはよく考えるとITFテコンドーさんの大前提にある根本思想を垣間見れるような気がする。
相手を精神的にも肉体的にも傷つけ、存在を否定しあう格闘技とは違い、共存・寛容・和合を求める思想を持ち、互いに生かし合う道をテコンドーさんは指向していて、それが試合でも稽古にも表れてるのでは?と感じた。
もしそれが当たっているなら、いま世に流布された格闘技思考を捨て、テコンドーの根本思想を本当に理解して稽古に励まれれば、試合にも勝つようになるだろうし、大乗的にテコンドーを体得していけるのでは?と考えた。

◆自分はフルコンタクト空手や顔面アリ打撃格闘技を指導しているので格闘技寄りってことになるのですが、格闘技って呼ばれてるモノは根本的には殺人術の擬似なので、「それならばルールレギュレーションのしっかり整備向上されたモノが生まれれば、それを脱却できるのでは」と長年考えている。
◆格闘競技は、強さの表現をしながら、そこから人間的に様々なことを学ぶのが本懐なのだから、相手を極端に傷つけずそれができれば最良なわけで、それにはルールレギュレーションの整備向上が最も重要になると思う。
それを勘違いして、「よりリアリティに」とレギュレーションを緩くしていき、相手を傷つけ否定していくことが最強だと考えているのは「自分さえよければよい」という個人主義と拝金主義を体現してるような気がする。これをたどっていけば戦争賛成に繋がると思う。
プロレスも同じで、強さの表現をしているのだから、技を最小限にして強さを表現できれば良いレスラーな訳で、WWEなどはそれを実践しているし、それがTAKAみちのくが言うような「大技連発はダメ」という言葉の源になっている。

◆テコンドーさんだけではなく、型や試割りをやるとよく判るのですが、『呼吸と動作の一致』がスピードを産み、それが破壊力を産みます。
打撃や剣術は、力に頼らずスピードとタイミングが最も重要です。
剣道では「気剣体一致」といいますが、なかなかそのような選手は現れません。
それには気が遠くなるような基本の反復練習による技の練り込みと、基礎体力の向上が必要です。
それができれば一流に近付くのですが、その《地味な努力の継続》をする才能を持つ人が世の中には一握りしかいません。
この才能は選ばれた人のものではなく、誰にも平等に備わっているのですが、楽な方に流されやすい人間はそれを怠り、ほとんどの人が惰性で生涯を終えていくのです。

◆武道が殺人術から活人術に昇華したように、テコンドーさんにも武道と同じような思想があることが感じられ有意義な観戦でした。
富山テコンドーの方々には深く感謝いたします。