矢郷良明 LIFE philosophy @deracine5to1

思考と哲学の旅日記

大阪

◆矢野君と朝五時にジムを出発して8時に難波に到着。
葵の御両親、葵の兄・翔、従兄弟の竜二、竜二の御両親が大阪府立体育館にこられていた。
メイン体育館での開催だったが、大会は全国の大会での二位までしか参加してないため、出場者も少なかったが、「府立の空手大会」独特の雰囲気であった。
地下には武道場があり、そこで10年以上前のグローブ空手みたいなトーナメント試合で優勝した記憶がある。
葵は珍しく会場入りから緊張していた。
会場では空手の先輩とお会いして談笑したるする。
先輩のお子さんも右手の骨折を押して試合出場しておられた。
一応全日本大会だから、子供達のレベルは高い。
でも飛び抜けた技術差があるわけではなく、『場慣れ感』が平常心で自分の組手をさせてるようで、それがレベルの高さを感じさせてるようだった。
そして自信満々の顔をしていて、挨拶も心からしている立派な子供達ばかりだった。
◆葵は初めて県外の大きな試合で、一緒に試合に出る仲間がいない環境になったせいか、緊張がひどく、それが試合になっても治らず、相手も平凡な組手をする子供さんだったが、相手の技に反応するのが精一杯で自分の組手をするどころではなく、一回戦ストレート判定負けだった。
試合後「まぁこんなこともあるから、また稽古しよ〜」と葵と話した。
兄の翔と御両親も従兄弟の竜二と御両親も今回はよい意味でいろいろ感じさせられたのではと思う。
私もいろいろ考えさせられた。

◆試合場は『試し合う場所』でなにを試すかというと、技や体力以上に、『自身の日常生活の集大成』を試し合うのである。
大きな大会になればなるほど、学業・礼節・倫理感など普段からの生活を総合した人間力が勝負の要になる。
他流派の空手の子供達は私をどこかの会場でみたことがある先生だとおもうと、しっかり大きな声で挨拶してくる。
彼等たちはそれだけ自信があるからである。
自信があるから試合場では緊張はしないのである。
そしてなにより彼等は『一流の人間』に近づこうとしているのである。
大人だって同じで『挨拶がうやむやな人は自分に自信を持てない、コンプレックスの高い人だから、人心掌握・コントロールが楽だ』とある政治家はが言っていた。
◆あらゆるスポーツの先生達は、生徒の競技力を強くしようとしたら、人格まで含めた『一流の人間』にならなくてはいけないことに気付いている。
それにはまず指導者と親御さんが襟を正さなければならないと思う。
三流から一流は生まれないのは自然の原理であるから。
子供はこうやって廻りの大人達に人生を自然に教えていく。
葵は富山他流派の先駆者として頑張ったと思う。
怪我を押して出場された先輩のお子さんもそうである。
次は大人が襟を正して子供に胸を張った実践ある哲学を示せるか試される時である。


◆夕方の五時には富山に戻ってきた。
大阪まで3時間であった。