déraciné

思考と哲学の旅日記

CHANELの重み

◆CHANELの特集ビデオを観ている。
さすがCHANELだけあり、スタッフからお針子さんからなにからなにまで素晴らしい仕事を気品を持ってやっておられる。
お針子さん一人一人が映画に出て来るような、ウィットとユーモアをもち、また高い人間性を持っておられます。
”一流の品は一流の人間が創る“をCHANELは体現しています。
◆番組中にカールラガーフェルドの信頼厚い、CHANELの縁飾り(ガロン)の名工、ミセスプージューさんという75歳の頑固な職人婆ちゃんが出てくるのですが、
この方、フランスの片田舎の牧場で助手も弟子もなく、野良仕事しながら、CHANELから依頼があるとガロンを作るのです。
ミセスプージューは猫のミミと二人で、ココシャネルの頃からこの仕事をしておられます。
まさに天上人のように
◆その類い稀なる素晴らしい作品を産む技術は、もはやミセスプージューと猫のミミしか知らないのです。
◆しかしミセスプージューは「私は自分で学んだ。おそらく五年後か、十年後か、五十年後か、新しい技を発見する人があらわれるにちがいない。…不可欠な人間なんていない。」
と言われるのです。
この言葉は深く、含蓄と、悲しみと、希望とを含んだ、重い言葉だと思います。
そんじょそこらの人間にはいえない言葉です。胸にズッシリと来ました…

◆このテレビはCHANELは様々な才能と人間ドラマの集結がそのブランドを作り上げたのだというのをあらわしています。
ココシャネルの人生から続く生命の結晶、まさに芸術です。