矢郷良明 LIFE philosophy @deracine5to1

思考と哲学の旅日記

今日のタイガーキッドセブン

★だるくて朝からやる気が出ない。
とにかく働くことには始まらない。
★東京の友達がまたCD出したから送ると連絡ある。
CMCなるパンクみたいなバンドやっている。
★四年くらい前に一緒にライブをしたことがある。その時は彼らは別の名前のバンドだった。
私はその時、急造したバンドと、彼等との二つのバンドにギターで参加している。
★バンドは金儲けを目的にせず
「ただ思いのまま楽しみたいから演る」
と単車一台持ったつもりでバンドをやれば楽しいのだが…
★トレーニング
肩腕やる
サンドバック
BGMはダムドのベスト
ダムドはベストばっかり無駄に沢山ある。
★キッククラス
下半身の安定とシフトウエイトの練習に意拳の這いをとりいれたりする。
また、真っ直ぐ足を延ばして静止してもらい、体の後ろ側の筋肉の発達具合を見たりする。
★会員さんと高田延彦さんのビデオをみたり、ナジムハメドのビデオ観たりする。
ハメドはいま観ても凄いボクサーである。二度とこんなボクサー現れないだろう。
★ジミー鈴木さんのアメリカンプロレス直行便なる本を読破。
WWEのチャンピオンの歴史が面白かった。
★私がプロレスをみだした頃はまだWWWFの呼び名で、ブルーノサンマルチノ、イワンコロフ、ビリーグラハムなどが活躍していた。
AWAはバーンガニアがチャンプで
NWAはテリーファンク、ハーリーレイスがチャンプだったと思う。
小学校低学年から観ていたのだが、基本的に単純な日本人対大きな外人の試合が好きだった。
最初は外人ならフリッツフォンエリックが大好きで、マスカラスも好きだった。
★初めて生で観た外人レスラーは3才くらいのときお父さんがプロレス好きだったので富山に来た日本プロレスを観戦したとき見たボボブラジルだった。
★しかしそのとき見たジャイアント馬場さんが凄く印象的で、富山で見たときはBIがインタータッグのチャンピオンだったと思う。
★それからジャイアント馬場さんのファンになり、亡くなられるまでファンだった。
★ブロディ、ハンセンが登場したら好きな外人はこの二人になった。
とくにブロディは大好きで、全日本が富山に来たとき会場にいち早く乗り込みロビーにいたら、ブロディが会場入りしてきたので慌てて近寄っていったら、ブロディが立ち止まり私が手を出すと握手して頭をなぜてくれた。
これは一生忘れない思い出である。
★富山に来た分裂前の全日本は全部観戦している。
プロレスをやるようになって和田京平さんとお会いしたとき、小さい頃から富山で全日本全部観ましたと話すと、いろんな思い出ばなしをしてくださった。
あの時馬場さんはこうだったとか、ジャンボはこうだったとか、体育館の特徴や旧体育館前のラーメン屋まるたかやがうまいとかを話していただいた。
京平さんとお話がフランクにできるようになり、全日ファンだった私には「まさかこんな日が来ようとは」と感慨深いものがあった。
★話はWWEに戻るが、初代のWWWFチャンピオンはバディーロジャースである。
この人のことは子供の頃雑誌で馬場さんが「世界一のレスラー」とよく言っておられたので、雑誌ゴングに載った写真をよく切り抜いて集めていた。
リックフレアーやニックボックウインクルはブロンド髪からムーブ、フィニッシュまでバディーロジャースのコピーである。
馬場さんはよく「リックフレアーなんかバディロジャースに比べたらたいしたことない」とよくいっておられた。
★それで何年か前にようやくバディロジャースの試合ビデオを入手し観たのだが古いのでプロレス自体も古い(笑)
しかしあのフレアーストラート(ウォーク)やひざまずいて「NO!」を演っているのを見れたしフィニッシュは四の字固めだった。
★ちなみにバディロジャースがオリジナルヒールの原形かと思っていたら、フレッドブラッシーの本に
ゴージャスジョージなるレスラーがオリジナルであると書かれていた。
ギミックとムーブはゴージャスジョージが発案したらしく、あのブロンドもゴージャスジョージが最初らしい。
ブラッシーもブロンドにしたのはゴージャスジョージの真似だと告白している。
ホワイトブロンドは流血の再、真っ赤に染まり美しく壮絶に見えるかららしい。
(ゴージャスジョージと同名のキュートでかっこいい女子レスラーがECWにいたと思う。いまはジョージフランケンシュタインって名乗っているらしい)